2月14日。学校帰り、俺はいつもの公園に呼び出された。
「ねえ、賢ちゃん・・私ね、ずっと・・・好きだったの。」
いつも男っぽい佳織が、頬を赤らめて俺に言う。

小さな紙袋の中には、可愛くラッピングされたチョコレート。
「手作りなの・・・、た、たべてくれると・・・うれしいんだけど」
可愛い手袋をした手で、不器用に俺に差し出す。

いきなりのことで動揺してしまい、俺はただそれを受け取るだけだった。
「返事・・・、ホワイトデーにちょうだい」
そういって、俺にくるっと背を向け走り出す。

当時中2だった俺達は、保育園からの幼馴染。
家も近所で、3歳から一緒に育ってきた佳織からのいきなりの告白。
俺は、どうしていいかわからなくなった。

その日は頭が真っ白になって、何も考えられなかったが、
なぜか頬を涙が伝っていた。
ただ、菓子を作るのが得意な佳織が作った生チョコは、
俺も一緒に溶けてしまうんじゃないかと思うほど美味しかった。

少しでも佳織の事を考えると、俺は壊れてしまいそうで、極力考えないようにした。
家も近いのに一緒に学校に通わなくなった。

だんだん冷静に考えられるようになったときには、もうホワイトデー。
俺は断った。断らなければならない理由があった。

当時、俺はいじめられていた。
原因は、とある男子が女子に告白したところ、
俺が好きだという理由でフられたことらしい。
受験を心配してなのか、表では普通に過ごしているが、
毎日のように裏で受ける暴力・・・、
腹や背中にはたくさんの痣や傷があった。

それに佳織を巻き込むわけにはいかなかった。
情けなくて、自分がみっともなくて、おかえしのキャンディーを渡して
「ごめん」といった後すぐ走り出し、自分の部屋で泣いた。

その日の夜、佳織から電話があった。理由が聞きたい、と。
俺は、本当のことが言えなかった。

「お前のこと、ほんとに大切な・・その、
・・親友だと思ってるんだ・・・。だから・・・・」
『だから』といったものの、その先は何も思いつかない。
受話器のむこうから、佳織の泣き声が聞える。

「・・・ごめん・・。」
「・・・・・謝らなくていいよ、私こそごめん・・・」
「・・・明日から、普通に喋ってくれよ。」
「うん・・・」

電話を切った後、俺は泣いた。女っぽい行為かもしれないが、
佳織と一緒にゲームセンターで取ったぬいぐるみを抱きながら泣いた。
涙が枯れるまで泣いたと思う。

もうカーテンのすきまからは朝の光が差し込んでいたし、
新聞配達の単車の音も聞えてきた。
その日、俺は学校を休んだ。泣きすぎて酷い顔をしていたからだ。

ぎこちない感じこそあったものの、
日に日に佳織は以前の佳織に戻っていった。
俺も、少しずつ以前と同じように接することができた。
それからは何も無く、俺達は同じ高校に進学した。

少し距離があるが、いじめから開放されるために
俺は遠くの高校に行きたかった。
佳織は将来の夢をかなえるために、その高校を選択したらしい。

入学式、俺達は全然くたびれていない制服を着て登校した。
「―――あ、同じクラスじゃん」
「ほんとだね、クサレ縁?(笑)」
「そうとしか言いようがないな・・・」
そんなことをブツクサいいながら、同じ教室に入る。

周りの奴と絡もうともせず、俺達は好きなアーティストについて盛り上がった。
「でさ、あのアルバムはやっぱハズレだと思うんだよね」
「ああ、それ俺もおもった。なんか、らしくないよな」
「そうそう!!やっぱあの賢ちゃんが一番最初に聴かせてくれたアルバムが・・・」
そんな話をしていると、俺達のところに女子数人が来た。
「ねえ、何中?」
「○○だよ」
「へ?・・・付き合ってんの?」

俺達は一瞬硬直した。俺は何も言いたくなかったので、佳織にまかせようとおもった。
一瞬俺の方をチラっと見たが、「え、そんなんじゃないよ。」と、佳織はかわす。
自分からフったのに、
「そうか、俺達なにもないのか・・・」と、妙に落ち込んでしまった。

その後は普通にいろんな奴と「あいさつまわり」的な会話を交わした。
いろんなやつと喋ったが、やっぱり佳織と2人で居るほうが落ち着くな・・。

それから月日は流れ、俺達は高校3年生になっていた。
2年でクラスがはなれたものの、また3年で同じクラスになれて、俺は嬉しかった。

身長は日を重ねるごとに俺の方が高くなり、
佳織は167cm、俺は179cmで、お互いに随分目立つようになっていた。
バスケ部の中で、恋愛の事でいろいろ事件があったり・・・

3年になるまでに、俺は4回、佳織は5回ほど告白を受けたりしたが、全て断った。
俺の気持ちは、あの時と全然変わっていなかったからだ。
佳織の気持ちがどうなのかはわからなかったが、
俺は受験が終ったら告白しようと思っていた。

俺も佳織も得意分野が同じだったために、俺たちの志望校も同じだった。
お互いの家で勉強を教えあい、たまにバスケで息抜きをしながら受験勉強に励んだ。
そして、ラストスパートをかける時期になり、
学校と家を往復して勉強するだけの生活を送った。

そんな中、久しぶりに佳織からメールがきた。
『明日の夜、賢ちゃん家行くから家に居てよ。』
一方的なメールだが、なんか可愛い。
しかし、何で来るんだ・・・?と、疑問に思っていた。

「おじゃまします。」
「あら、佳織ちゃん!久しぶりじゃない!あがって、賢、部屋に居るから」
「ありがとうございます」
そんな声が玄関から聞え、佳織が部屋に入ってきた。

「やっほう。」
「ん。」と俺は、参考書を開きながら頷く。
「佳織、どうしたんだよいきなり。なんか用事でもあんのか?」
「そういうわけじゃないんだけど。」
「じゃあ勉強しろよ!(笑)」
「カレンダーぐらいちゃんと見ろ!馬鹿!!」
そういって、俺に紙袋を突き出す。

「・・・あ?・・・・・ぁああ。」
バレンタインデーだった。勉強の事で頭がいっぱいで、すっかり忘れていた。

「本命?」と、にやけながら冗談交じりに聞く。
「・・・だったらどうする?」と、佳織。
「んー、・・・OKするに決まってるじゃんか」
「冗談はもういいよ(笑)」
「冗談じゃないって。本気。」
じっと佳織を見つめると、顔が真っ赤になっている。
そして、ポロポロと涙を流し始めた。

「だって・・・・だって、あの時だめだっていったから・・・
今日は、ただ受験がんばろーって励まして帰ろうっておもってたの・・・・・・。
賢ちゃんのことは胸に閉まって、新しい恋しようって思ったりもした・・・
でも・・・無理だったの、私、賢ちゃんじゃないと・・だめなの・・・
・・・・・それでもいいの?」
俺は、本能的に佳織を抱きしめた。

「俺も、好きだった。ずっと。でも、○○たちといろいろあって
いじめられてたから、それにお前を巻き込みたくなかったんだ。ごめん・・・。」
「え・・・?うそ、そんな話聞いてないよ!」
「嘘じゃないんだ・・。」
俺は、胸の辺りに残る痣を見せた。
佳織は、声をあげて泣いた。俺はそれを強く抱きしめるしかなかった。

佳織の気持ちもおさまってきた頃、俺達はバスケットボールを持って寒空のなか公園に居た。

「・・でも、意外だったな、そんなことがあったなんて」
佳織が俺にパスする。
「こんなこと言うのかっこわりいだろ?
あいつら○○高校の連中と仲良かったからな、
さすがの俺でも抵抗する気になんなかったんだよ。
・・・お前に言ったら、○○たちぶっ飛ばしに行きそうだしさ(笑)」
佳織をかわしながら、ゴール。

「そんなこと・・・・しないわけないじゃん。(笑)」
そのボールを持って、佳織がドリブルをはじめる。
大きな胸が走るたびに揺れて、そっちに目が行ってしまう。
そして、佳織と目が合った。普段ならなんでもないのだが、やはり意識してしまう。

「・・・佳織」
「なに?」
「付き合うのか?俺達」
「ん?・・・」
佳織はスリーポイントシュートを決めた。
「ナイス!」
「・・・・あのね、賢ちゃん。付き合うの、受験、終ってからにしない??
どうせもうすぐだし、今付き合っちゃうと・・なんか・・・・・。」
「・・・ああ、そうだな」

そのあと3ゲームほどしてクタクタになり、『そろそろ帰ろうか』なんていいながら
自販機で温かいものを買おうとしたら、いつものクセでアクエリを買ってしまった。
「ふふっ、バカだね?」
「最近バスケやってねえから、体がやりたがってんだ多分(笑)」
「私もだよ・・・完璧にナマっちゃってるよね。」
そんなことを話しながら、お互いの家に帰った。

部屋に戻って、紙袋からチョコを出す。
白と銀のリボンに、真っ赤な包み紙・・・
あのときと同じラッピングだ。そして中身も同じだった。

四角くカットされた生チョコをひとつ、口に入れる。
何故か、涙があふれてきた。
甘くて、ほろ苦くて、でも口の中に溶けて広がると幸せな気分になる味・・・
バスケ部の部長としてお互い頑張った最後の試合も、文化祭も、
普段の学校生活も、俺はあいつが居たから頑張れた。

あいつが、ずっと俺を好きで居てくれたから頑張れたのかもしれない。
俺は決めた。受験が終ったらすぐ、プロポーズしようと。

受験当日の朝、俺と佳織は電車で受験会場へと向かった。
そして試験を終えた後、会場で俺はこう言った。
「なあ・・・ちょっと、飯食いにいかねぇ?」
「いいよ、私もおなかすいた・・・」
「俺、おごるよ」
「ありがと!」